'23/2/12発行「賢者オスッテBLアンソロ」に寄稿します

【ミロビス】キスのその先【R-18】

novelミロビス

①キスの練習
②キスの燃え殻
③キスの行方 のつづき

 水。Water。H2O。

 生命体が生きる為には、水が必要不可欠である。特に人間の約六割は水で構成されており、食物を摂取できずとも水が無ければそう長くは生きられない。この荒れ果てた大地をひた走る二人と一匹にとって、水は特に貴重だった。
 忌浜で細々と、街の片隅で喧噪にかき消されぬよう生きていたあの頃。水、特に澄んだ水がこんなにも希有な存在で、ありがたいものだとは考えもしなかった。今や水を啜れない日なんてものもざらで、身体を清潔にするために水を使うなどもってのほか。まずは物理的に身体の水分量を増やすことが最優先だった。
 オアシス。そこは生命の源とも言える水が無限に湧き、その豊かな水源に救われた緑が根を張り生ける場所。その水に緑に誘われて、生きとし生けるものがたどり着く安寧の場所。果ての見えぬ、広大な砂漠。そのアイボリーに絵の具を間違って落としたかのような緑の中心で、まさにちっぽけな一塊の生物体としての二人と一匹が、数日、このオアシスに根を張った。
「こんな、奇跡みてぇな場所、今度いつ巡り会うともわからねぇ。食いもん、水、蓄えるだけ蓄えて、アクタガワが満足するまでいてやろう」
 ビスコはオアシスに集う動植物を捕まえて、軒並み非常食へと加工していく。水はいつでも、好きなだけ飲めた。アクタガワもポコポコ泡を吹いて上機嫌で、ミロは一緒に水浴びをする。アクタガワの全身を沈ませることが出来ない浅い水源でうずくまるその背に、水を掛けてやるのがミロの役目である。
 その合間で、弓の練習をした。ここら一体は不思議と錆風の影響をほぼ受けておらず、キノコを生やさずとも生命の輪廻が上手く循環しているようにみえた。だから矢に細工をしてキノコを生やすということなく、何の変哲も無いただの矢をひたすら打っては回収し、矢尻がなまればまた研いだ。矢の的は、雷でも落ちたのか縦に真っ二つに割れた倒木の、枯れた太い幹。何度もミロの一撃を受けた倒木は、すでに新しい亀裂を作り始めていた。
 ぱしん、ぱしん、と枯れた倒木に打ち込んでいた甲高い音に、時折、ぐず、と鈍い音が混じる。倒木の左右にはその腐った根元を栄養にした草が地面を覆いはじめており、その青い地面に矢が突き刺さると、鈍い音を立てるのである。

(あ、またはずれた)

 ほぼ同じ場所に打ち込むことが出来はじめると、今度は邪念がミロの心に渦を巻く。
 実の所ここ数日の宵闇で、二人はもはや誰にも言い訳の出来ぬ程度のキスを繰り返していた。あんなにガチガチだったビスコも何度も交わりを繰り返せば慣れたもので、指や唇で触れれば花が綻ぶようにふわりとその入り口を簡単に開くし、熱を与えられることを喜んでいるように見えた。「する?」と聞けば「する」と即答するし、流石に毎日するのも流石にどうなのかとちょっと遠慮してみれば、「今日は、しねぇのかよ」とぼそりと呟いた。
 ビスコは、大人のキスが大層気に入ったようである。

(……、くそっ、なんかすごいもやもやする、けど、集中……!)

 最後の一本、放った矢はてんで的外れな遠くの茂みへと消えていく。はぁ、と言葉通りに肩を落としたミロは、とぼとぼと矢の回収に向かった。命中した矢が八本、その脇へと流れた矢が五本。それらを引っこ抜き矢筒に回収して、遠くへと飛んでいった最後の一本を探しに行く。ずんずんと当てずっぽうに茂みを進み、手でかき分けてもなかなか矢は見つからない。こういう冷静さを欠いている時、探し物はなかなか見つからないものである。

 ミロの頭は自然と、毎晩繰り返されるキスの情景を何度も再生する。女の子より幾分も分厚い相棒の舌が弛緩し、おずおずと絡ませてくる舌先がもっと欲しいと雄弁に語りはじめる様を。何度も角度を変え、オアシスの水分で潤いを取り戻した唇が熱を持ち、僅かに腫れた輪郭が月光に照らされる様を。
 そんな濃厚なキスを時が忘れるほど繰り返して、『その先』を知っているミロの雄が刺激されないはずが無い。痛いほど腫れ上がる自分の股間をだんだん無視しきれなくなり、昨晩は早々に切り上げてしまった。
(キスだけで、満足できるはずが無いじゃないか)
 ぽかん、と呆気に取られたビスコの顔が忘れられない。急に玩具を取り上げられたような赤子の顔をして、更に欲情しかけたミロはぶっきらぼうに「おやすみっ」と毛布を頭から被って狸寝入りした。

 もっと触りたい。
 もっと声が聞きたい。
 あわよくば、欲にまみれた君を見たい。

 そういう浅はかな欲求ばかりが渦巻いて、自分だけ欲しがっている浅ましい人間に成り下がっているのでは無いかと思っては落ち込む。
 そもそも、ビスコはどんな気持ちで与えられるキスに甘んじているのだろう。

 ◇  ◇  ◇

 もう三日、いや四日は経ったか。
 急ぐ旅、その束の間の休息を楽しんだはずのミロの様子がまたおかしい。自分をだませていると思っているのか、それとも何かこちらに気がついて欲しいと思っているのかは知らないが、ミロの動揺はすぐその表情に出る。合っていたはずの視線が急に逸らされ、「アクタガワもそろそろ元気いっぱいだし、名残惜しいけどそろそろ出立しゅったつかなっ」と、先程と同じ文言を繰り返したりもする。
「おい、ミロ」
 きゅっ、とあぐらをかいた膝の上の掌を縮こませ、「なっ、なにビスコ、あっ、おかわり? そうだよね、いっぱい食べないとね!」と聞いても居ないことをつらつら話し始めるミロを静止させるために、椀に手を伸ばそうとした腕を捕まえた。
「人の話を、聞け」
 作り笑いをしていたミロの口角が、ひく、と戦慄わななく。ミロの手首はしっとりとしていて、その細い腕を行き交う血潮の脈動が細やかに伝わってきた。
 トットットットッ。
 明らかに動揺を隠せていないミロが、だらりと地面へ向かって前髪を垂らし、「なに」と静かに声を落とす。その先を、言って欲しくない、聞きたくない。そんな雰囲気が伝わってきて、だがそれに負けるビスコでも無かった。
「お前、なんか昨日の夜から避けてるだろ。理由を言え」
「……やだ」
「なんだよそれ」
「……ビスコに嫌われたくない」
 沈むように話す言葉に、嘘はないように聞こえた。
 昨晩、思考が溶けていくようなキスを中断し、きょうという一日、上の空だった理由のひとつが『自分に嫌われたくない』だったことに、ビスコは全く合点がいかなかった。
「相棒にも、言えないことかよ」
 苛立ちと共に、詰め寄るような言い方をしてしまう。ここまで、随分長い道のりを二人で進んできた。忌浜で出会ったときのような、貧弱なミロ少年はもうここに居ない。負けず嫌いで努力家で、何とかがむしゃらに着いていこうとする姿には目を見張るものがあって、少女のようなあの目映い瞳がギラリと牙を剥く瞬間、ビスコは目を離せなくなる。あれは、欲しいものを決して諦めない顔だ。ミロは自分が体力的に弱いことを自覚していて、自分の相棒として立派に立ち振る舞えるようにと必死にあがいているのを、ビスコは知っている。
 だから、自分はミロのことを尊敬し、一番信頼している。そのミロが、相棒として何に迷うのかわからない。
「本当のことを言ったら嫌われる自信がある」
「俺が相棒を嫌うことなんかねぇ。馬鹿を言うな」
「馬鹿なのは、ビスコだよ」
「なにぃ?」
 聞き捨てならない啖呵を切られて、分からず屋の発言に血が上る。何が馬鹿だ。馬鹿なのはミロの方に決まってる。
 自分には、どんなことがあっても相棒を嫌わない自信があった。その自信が、どこから来るのかはわからない。そういう難しいことは、ビスコの得意の範疇では無いので考えること自体無駄なのである。
「僕が、ビスコに対してどんなに浅ましいこと考えてるかなんて、ビスコに知られなくないって言ってんだよ!」
 離して、と言いながら振り切ろうとした腕を、ビスコが離すわけは無かった。それどころか、この手を離したらこの数日の全てが無に帰する様な気がして、強く握ったその腕をぐいと引き寄せた。不安定な身体が、ぽふんと自分の胸に落ちてくる。
「なあ相棒、俺は一度だってお前を拒否したことあったか」
「……苦い薬は飲んでくれない」
「そういうこと言ってんじゃねーよ。あーもう、めんどくせーな」
 胸の上に落ちている空色のてっぺんを、ぐしゃぐしゃと撫で回す。浅ましい、と言った意味がなんとなくわかるようなわからないような。だけど、ミロにされて嫌なことなどあるだろうか。
 快か、不快か。そういう単純なくくりで考えるのが得意なビスコは、よく考えもしないで結論づける。
「しろよ、たぶんお前に何されても嫌じゃない」
「……そういう所が、馬鹿だって言ってんだよ」
 胸から顔を上げたミロの瞳は、獰猛に牙を剥いていた。
「ねえビスコ、僕は忠告したよ。もう知らないからね」

 いつものように、キスを受け入れていた。
 いつもと違うのは、ミロの手がビスコの身体のあちこちを確認するようにまさぐり始めていることだ。
 肌着の下から手を入れたミロの手は、腹筋を辿り、胸筋を下から揉み上げていた。二人の身体はここ数日ですっかり潤いを取り戻し、互いに興奮しているせいか肌と肌がしっとりと吸い付くようだった。男の胸なんて揉んで何が楽しいんだろう。そうキスに酔いしれながら思っていたら、不意に指先が乳首を掠める。くすぐったい。だがすぐに離れていった指先のことはすぐに忘れ、ここ数日でとても上手に絡ませることが出来るようになったミロの舌に舌を絡ませる。
 脳を介することなく動き回る舌が、まるで自分の意思と切り離された別の生命体のようで、ごく自然にミロと交わっていた。時折悪戯する舌先がビスコの舌との馴れ合いから外れ、口蓋をくすぐり歯列をなぞると、堪らず背筋がゾゾゾと粟立った。口から背中へ、背中から下半身へと急降下した快感は、ビスコの体内へと静かに、だが着実に蓄積されていく。ずぅん、と腰に重だるさを感じると共に、どく、どく、と血が下腹部へと集中していくのがわかる。
 気持ちが良くて、熱くて、沈むように重い。
 ここ数日の交わりで毎度感じていたこの感覚を、ビスコ自身自覚していない訳では無かった。だが、あまりにも相棒から与えられるキスが心地よくて、最後はもう吐息混じりに声を漏らすほどの心地よさ。なぜそうなってしまったのか、今でも全くもってわからないが、相棒ととても気持ちが良い行為をしているという不可解な状況に、ビスコは割と満足していた。
 でも、どうやらミロは違ったようだった。
 上半身ばかりをまさぐっていた指先が、するり、とズボンの裾に手を掛ける。蒸れた下履きの中に、夜の冷たい空気が入り込んだ。自分でもわかっていた、明らかに興奮で股間が反応している。
 二人の唾液でぬめる唇が惜しむように離れていくと、くち、と卑猥な音が鳴る。見られている、とわかっていて瞳を開ければ大きな空色が覗き込んでいた。
「ビスコのここも、触りたい。……触って、いい?」
 股間を触る、とは、つまりそういうことを示していることくらいビスコにもわかっていて、流石に即答することが出来なかった。許可を与えれば、ミロは上手く誘導してくれるだろう。キスを、上手に教えてくれた時のように。
「俺ばかり、されるのは嫌だ。俺も、触る」
「うん、一緒に触ろう」
 自分もする、と言ったって他人の陰部を触ったことなど皆無なビスコの指先が空中で戸惑っている手首をむんずと掴まれ、服の上からミロの股間へと誘導された。向かい合わせに座ったミロの股間は、恐らく自分のそれと同じ状態になっていた。
 熱い、そして明らかに硬くなっているそれ。
「さわれる?」
 ミロが気遣う声を掛ける声には心配そうなニュアンスを含んでいて、服越しでも他人の陰茎を触り動揺しているビスコに気付いているようだった。緊張で震える指先を、すり、と軽く擦ると、「ん、」と耐えるような声を出すミロに、ビスコはこれが正しいことであると理解する。
「いいよ、好きに触って。僕も、触るね」
 恐る恐る、指先のほんの少しの面積で小さく擦るビスコの様子を確認したミロが、ビスコの可愛らしい愛撫とは裏腹に下着の中へ躊躇なく突っ込んできた。
「すごい、熱くて、硬くて……毎日、キスしながらこんなにしてたの、ねえ、ビスコ」
「っせえ、黙って触れ」
 ふ、と静かに笑い声を立てて、竿の根元からその形を知らしめるかのように裏筋を細い指先が辿る。窮屈な下履きの中で相棒の手がゆっくりと、丹念に味わうように上下する。今までそういう意図を持って触られたことなど、今まで一度も無かった。こんな風になるのかと、上からもう一人の自分が見下ろしている。
 欲望のままに、自分を慰め精を吐き出す行為をあまり良い物だと思えなかった。朝特有の反応ですら、しばらく身を動かしていればいつの間にか忘れる程度の物だった。
 だけどどうだろう、こうして相棒に触られる行為は何一つ嫌じゃない。背徳感すら消え失せて、初めてだというのに恥ずかしいという気持ちすら薄れていることに驚く。
 二人で為すこの行為には、きっと何らかの意味がある。それを表現する言葉を、今のビスコはわからないでいた。
 だんだんと大胆な触り方をし始めたミロの手が、掌全体を使って竿を握り込み、しゅ、しゅ、と先端に向かって何度も扱き上げてくる。そもそも自慰すらまともにしてこなかったビスコは、他人から与えられる快感に耐えられるはずが無かった。
「ミロ、それ、やべぇ……」
「ビスコの手、お留守になってるよ」
「そんな一気に、出来るわけ、ねぇ、だ……ろ」
「ん、そうだね。じゃあほら、待っててあげるから」
 急に刺激が止まった股間がじくじくと病んで、脈動する熱に苛まれている。お預けを食らった子犬のように、欲しいよ、とミロの股間を指先でいじらしく擦り上げた。しかしその愛撫に対して「ビスコ、それくすぐったい」と余裕綽々しゃくしゃくな返答を返すミロに、ビスコは「くそっ」と半ば自棄になってミロの下履きの中へと手を突っ込んだ。汗を含みしっとりとした布を手の甲で押しのけると、それはすぐそこにあった。最初に熱を感じた、次にその硬さ。他人の陰茎を、しかも勃起しているものを触ったことも見たことも無いが、いや、これは……。
 びっくりした。いや、これは本当に真面目な話。
「お前、マジでどーなってんの?」
「ん、なにが?」
 伏せ目がちの睫がぱさぱさと瞬きをする。ミロの上半身と下半身が、別の生きもので構成されているのでは無いかと疑念がどんどん沸いてくる。
「美少女の顔した男が持ってて良い大きさでは、無い」
「褒めてくれるんだ? ありがとう」
「褒めてねーよ、調子に乗んな」
「ビスコこそ、おしゃべりしてる場合じゃ無いよ。ちゃんと、触って、こうやって、ね?」
「ちょっ……、待つって、言っ……ぅあっ」
 ぎゅう、と竿を強く握り込んだ指とは別に動く指先が、ビスコの先端をくすぐり始める。急にそんなことをされて、耐えられるはずが無い。キスする時に、ビスコを心地よく翻弄する舌先の動きに似ていた。気持ちいい場所を的確に狙ってくる指先が、全体を撫で回したり、鈴孔を押し広げるようにくすぐってくる。
 どうして、キスだけで充分満足だなんてそんな事を思っていたのだろう。気持ちが良すぎて、腰が馬鹿になる。重い腰を大地に沈め、前屈みになった身体はミロの肩に身を寄せた。ミロの下着に突っ込んだ手は、その熱い楔をただただ感じるだけの道具に成り果て、今やミロに与えられる快感をいなすために握り込んだままになっていた。
「ビスコの、ビクビクしてる……。ねえ、どうしたら一番気持ちいい?」
「そんなの。わかるわけなっ……」
「そっか、そうだよね。じゃあ教えてあげる。でもその前に……いつでも出して良いように、脱ごっか」
 こんな野外で下半身丸出しで。後から思い出せば明らかにどうかしているというのに、その時は何も疑問など抱かずにビスコはミロの指示に従った。生い茂る草が尻に触れると冷たくて、しかしすぐ自分の熱で冷たさなどわからなくなった。

 ◇  ◇  ◇

 こんなことが、あって良いのだろうか。
 何度も夢ではないかと確かめたかったが、どうやら今日は新月で、夜闇を照らす明かりは星の瞬きだけであった。薪などとっくに火は落ちていて、だが今の二人にそれを気にする余裕も無い。
 オアシスの夜は静かだ。風が無ければ木々のざわめきすら凪いで、時折ちゃぽんと泉の底から水が生まれる音がする。
 だから今、こうして野外でふたり向き合って下半身むき出しで扱き合っているとしても、暗くて表情が見えないから音と触れる熱だけで互いを認識し合っている。
 あまり刺激を強くすると、ビスコはすぐに達してしまいそうだから、ミロはゆるゆると手加減していた。ビスコの太い幹を握り込んで、その形を覚えるようにゆっくり滑らせていく。一番太い場所を握れば脈動が伝わり、根元に行くに従ってなだらかなカーブを描くそれを楽しんで。長さは自分の指で何本分あるかな、ビスコの方が少し太いかも、などと記憶に焼き付けていく過程で、ビスコの堪えるような吐息が漏れ聞こえると全てそれがリセットされてしまう。
「ふっ……、ぅあ」
「……っ」
 ビスコが感じている声を聞くだけで相当やばい。ビスコに握られた自分の雄が、ビクビクと不規則に痙攣しているのがわかる。そもそも拒否されることを前提に話していたはずなのに、何の抵抗もなくこのような状況になっていることがもう理解の範疇を超えている。
 ビスコの拙い手淫ですら、もう何よりも気持ちが良かった。教えに従い、マネするようにぎこちなく動くその掌を認識するだけで、頭が沸騰しそうになる。視覚的にそれをはっきりと確認することが出来ないから、余計に想像をかき立てられた。表情、仕草、形や色まで、舐め回すように本当は見たい。暗闇になれた瞳は、俯きがちのビスコの翡翠色だけを仄かに捉えていた。
 ビスコもそうであるように、自分もすでに先走りを漏らしていて、徐々に粘着質な音が混じる。くちゅ、くちゅ、と淫らな音がオアシスに響いては静かに溶けていく情景は、どこか清らかな営みのようにも見えた。こんなのおかしいと疑うのと同時に、こんなにも自然なのに何を疑うのか、とも思う。
 そもそも、そういう経験があるからと言って、ミロだって男同士でこんなことをしたことはない。だが、男の自分が気持ちの良いことを相手に与えることは簡単で、簡単だからこそ自分で自分を慰めている錯覚を起こす。でも明らかに今自分の陰茎に指を絡め、自分を真似て亀頭をくすぐり、荒く息を漏らしているのは相棒だ。どんな顔をして、こんな卑猥な行為をしているのか。もったいない。その全てを記憶しておきたいのに。
 ミロが手加減しているのをビスコも真似ているのか、その動きは緩慢だ。
 いじらしくて、焦れったい。
「ん、ビスコ、気持ちいい……?」
「……、ん、……えねぇ」
「え、なに?」
 言いづらいことを言うとき、ビスコは極端に声を枯らす。小さく空気を揺らす、そのかき消されそうな声を拾って言葉の続きを促せば、反抗期の子どものように拗ねたようにビスコは返すのだ。
「顔が、んっ……、見えねえ」

(ほら、言葉をちゃんと返し、て……、えぇ??)

 思いもよらない変化球にミロはあ然として、暗闇の中に埋もれる翡翠を捉えようとした。
「……顔が見えなかったら、ひとりてしてんのと一緒だろーが」
「ちょ、ビスコ、待っ……」
「なんだよ、変なこと言ったか?」
「あ、あんまり可愛いこと言わないで……」
「あぁ??」

(イ……くかと思った)

 しかも自分と同じことを考えているだなんて、そんな都合のいい話が突然飛び出してくるなんて聞いていない。急に暴走してしまいそうになった鼓動を整えるため、はぁと深く息を吐く。にもかかわらず、ぬちぬちと音を立て扱く手を休めないビスコの手に手を重ね、「ちょ、ちょっと待って」と静止する。生まれも育ちも性格ですら全く正反対の二人が、どうして同じ事をこのタイミングで思ってしまうのだろう。
 もうそれは運命、としか思えない。
 なんだかこんな関係になってから、経験があるのは自分なはずなのにビスコにはずっと翻弄されまくっていて、(こんなはずじゃなかったのに、おかしい)という気持ちが渦を巻く。
「顔、見えないのは残念だなって僕も思ってた、けど……」
 だからといって、もう下半身は爆発寸前の状態で今更薪に火を入れるだなんて野暮なことを言うミロでもなかった。
「今日は、キスで我慢して」
「ん」
 短い肯定の言葉を確認して、ミロはずいと身体を更に寄せた。鼻と鼻を擦り合わせ、同じく股間も密着させる。ぴと、と二つを合わせて一塊にして手で包み込むと、それを真似たビスコの指先が重なり合う。
「嫌じゃない?」
 そもそもこの行為自体受け入れているのが不思議なほどだが、一応確認を取らないと不安になる。嫌な物は断じて嫌だと言える相棒は、そのくせ割と安い情にほだされる人間味のある男だと知っているからかもしれない。
「言っただろう、お前のすることは何ひとつ嫌じゃない」
(どうして?)
と言ったところでその返事は今はないだろうと確信して、その疑問は飲み込んだ。自分だって、どうしてこの行為をビスコと致しているのか言葉に出来ないでいる。
 相棒なら良い。相棒だからこんな行為が許されている。
 今はそれで充分なのかも知れない。
 啄むようなキスをしながら、二つの竿を欲望のままに擦り上げる。互いの息はまた上がり始めていて、息を吸うためにキスを中断しては、また求め合うように唇を重ねた。上も下もやたらと熱くて、その中間だけが夜風にさらされ冷えていた。
 キスをすることで互いを認識しやすくなった欲望は、急加速して頂へと駆け上がっていく。
 ビスコの汗の匂いがする。
 ビスコの息が頬に掛かる。
 二人分の先走りでぐちゃぐちゃになった陰茎が寄り添いながらビクビクと震え、もうそこまで来ている絶頂を今か今かと待っている。
「ビス、コっ、イきそっ……?」
「く、あっ……、も、イっ、きそっ……」
「イこ、……一緒、にっ」
 もうキスなどしている暇などなくて、寄せた額と額を合わせ、互いの息をぶつけ合う。二本同時に擦り上げる手が重なり合って、同じ速度、同じ乱暴さで欲を吐き出すために駆け上がる。
「あっ……、あっ、もっ……ビスコっ」
「ミ、ロ……っ、もう……、イっ……‼」
 どくん、と一際心臓が跳ねて、強く瞑った瞼の裏が白くきらめいた。真っ暗だったはずの視界が途端に明るくなったと思ったら、ぱちんぱちんとハレーションを起こす。ただ手で扱いただけ、なんなら自慰とさほど変わらないはずの行為が、何よりも気持ちが良くて、それはどうやら間近に居るビスコも同じようだった。二つの肉塊が、手の中でビクビクと暴れ回る。息を詰め、射精した瞬間に止めた手を、余韻を引き延ばすためにゆるく扱き上げれば、「くっ、あ……」とため息のようなビスコの声が間近で響いた。気持ちいい、ずっとこうしていたい。でも出してしまえばこの行為は終わってしまう、なんてあっけないのだろう。
 ひゅう、ひゅう、としゃくり上げるように息を吸う。白んだ視界がようやく暗転し、生きた心地を感じて、すう、と目を開けると、近すぎて焦点の合わず、ぼやけたビスコの瞳と目が合った。
 手元がどろどろで、柔くなり少ししぼんだ二つの肉塊を支えるように二つの掌が重なり合っている。
「キス、しろよ……いや、」
 息を整えながら、目の前の相棒が要求をすぐ否定の言葉で打ち消した。
「キス、したい」
 ビスコは許諾の言葉を待たずして、最初に比べればとても上手になったキスをミロに施す。ビスコは合わせた口元を薄く開いて、上手にミロの舌を招き入れる姿勢を取った。
 蜜に誘われる蝶のように、ミロはそれが罠だと知っていて舌先を差し入れる。

 どうして僕を受け入れてくれるの?
 そう頭の中で問いかけながらキスしても、ビスコの舌は「イエス」としか答えなかった。