'23/2/12発行「賢者オスッテBLアンソロ」に寄稿します

思ったことを口に出す呪いにかかりました

novelラハ光♂(リバ)

時系列:6.0end~6.1開始まで

『ファン、ファン、ファン』

 ついこの間まで、よく耳元で鳴り響いた機械音。最近はめっきり使うことも少なくなり、しかしいつ緊急の連絡が入るともわからないため肌身離さず持ち歩いていた。

『ファン、ファン、ファン』

 リンクパールが『応答せよ』とけたたましい。
 耳鳴りに似たそれは、如何様にも無視することが出来ない音量で返答を待っていた。
「オレだ、グ・ラハ・ティアだ」
 些か緊張した面持ちで通信を繋ぐスイッチを押す。今は別々に行動をしている暁からか、それとも今は気ままな時間を過ごしているグ・ラハの恋人か。前者だと急を要することかもしれず、後者だとしたらそれこそ異常事態の可能性が高い。グ・ラハの恋人、英雄と呼ばれた冒険者フィルは、滅多なことではこの通信機器を使用しないのだ。
 グ・ラハはバルデシオン分館のだだっ広いホールに置かれた机を挟んでクルルと二人、山のような書類の整理に明け暮れている。クルルのリンクパールは鳴らなかった様子で、だとすると暁全員宛ての連絡ではないのだろう。
「おい、もしもし? 誰だ?」
 通信を繋いでも一向に返事がない。微かに、ザザッとノイズのようなものが入るが、声らしきものは聞こえてこなかった。
 間違って繋がってしまったのだろうか。そう思い、「誰もいないようなら、切るぞ?」と声を掛けると、『待って、切らないで』といつもの聞き慣れた恋人の声がした。
「フィル、どうした。リンクパール使うなんて、なんかあったのか?」
 向かい側でそれを聞いているクルルの表情が曇る。宇宙を救った英雄、フィルが仕事中のグ・ラハに連絡してくることなどほぼ初めてのことで、その異常事態をすぐ察知したのだろう。仕事の手を止め、二人のやりとりを固唾を呑み見守っている。
『ラハ、会いたい。いや、えっと、違うんだ……、違わないけど、そうじゃなくて、その、僕なんだかおかしくて』
「また酒でも飲んだのか?」
 肯定と否定を繰り返すフィルの言葉はクリアで、酔っているとは思えなかったがあきらかに言動がいつもと異なる。以前、勧められた食前酒を飲んでしまったフィルがぐでんぐでんになって、『助けて』とリンクパールを鳴らしたことがあった。今日は、それとは少々様子が異なるようだった。
『違う、お酒じゃないんだけど……。ラハに、会いたい。いやだから、そうじゃなくて……!』
「……何かおかしいことは、わかった。バルデシオン分館まで、これるか? それともオレがそっちに行こうか?」
『行く。すぐ、行く。待ってて。ラハ大好き』
 ぶつっ、と唐突に切れたリンクパールの、最後の一言が耳に残る。
 ラハ大好き……、大好き……。
 余裕のない彼の口から出た、抑揚のないその一言を何度も反芻してはにやけそうになる顔の下半分を片手で覆う。
「彼が、ここにくるのね?」
「あっ……、ああ。良くわからないが、様子がおかしかった」
「その割には、ラハくん、顔が嬉しそうだけど?」
「い、いや……、その、どうだろうな」
 どうもこうもないのだが、グ・ラハが何故そんな顔をしていたのかは数分後にもクルルに知れ渡ることになるのであった。

 ぎゅう、と口元を両手で覆うようにしている冒険者の指の間から、そんな小手先の対応策では隠しきれない声が漏れている。
「ラハ、会えてうれしい。好き。ちがっ……、違わないけど。お仕事邪魔してごめん。クルルさん、ポニーテール似合うね、可愛い」
「あ、ありがとう?」
「ちょっとおなかすいた、いやまだ大丈夫。この口、どうして止まらないの? こんな僕、ラハに嫌われたらどうしよう」
「嫌わないさ。おしゃべりなあんたも可愛いな」
「はいはい、ラハくんまで惚気ないの」
 普段は無口な冒険者が息つく間もなく喋り続けているのを、微笑ましいやら、困るやら、クルルは腕を組んでその様子を見上げている。「ラハに会えてうれしい」「クルルさん可愛いね」の合間で冒険者が説明してくれた内容を掻い摘まむと、こうだ。

・冒険者は無人島に赴き、一人で素材を採取していた
・敵対するようなモンスターもいなかったため、割と軽装で歩き回っていた
・無人島にいる魔法人形達のアドバイスがてんでわからず、とりあえず素材を捕りまくっていたら、深い森の奥までたどり着いてしまった
・木の根に足を取られ何やら黒い影に包まれたあと気を失い、気がついた時には無人島の船着き場に戻っていた
・それ以降、おしゃべりが止まらなくなった

「それは……、なんだろうな。状態異常ならエスナで解除できるはずなんだが、ちっとも反応しないぞ」
 もごもごと何かを喋り続けている冒険者の横で杖をかざすグ・ラハは小首を傾げながら何度もエスナを詠唱しているが、ちっとも効果が無いようだった。
「状態異常、ではないのだとしたら……呪い?」
「僕、呪われてるの? 誰に?」
 状態異常の中でも解除不可能な部類のものを、呪いと称することがある。致死性のものもあるが、おしゃべりがとまらないというのもなんだか可愛い呪いである。しかし、かかっている本人は至って深刻で、難しい顔をしながら「おうちでもしゃべり続けたらラハに嫌われちゃう、どうしよう」としきりに繰り返している。
「それは、現場に行かないとなんとも……」
 現場に行く。それはつまり、かの英雄すら太刀打ちできなかった呪いの類いに敢えてかかりにくようなもので、あまり得策とは言いがたかった。とりあえず、今日は家に帰ったら?」
「二人のお仕事、邪魔しちゃった、ごめん。だけど一緒に帰ってくれて、嬉しい、嬉しい、大好き。……ねえ、この口、誰か塞いでくれない?」
「あら、いいじゃないの。たまには思ったことを素直に口に出すのも大事よ。ラハくんも、嬉しそうだし」
 冒険者が好意的な発言をする度、グ・ラハの尻尾と耳が雄弁に嬉しさを物語る。まるで彼の脳内を覗き見しているようで、クルルの前では流石にむず痒い反応しか出来ない様子だった。それもそうだろう。深刻な事態ではない様子だし、早く二人きりにさせるべきである。
 クルルとて、その往来にだんだん恥ずかしくなってきた頃合いだ。
「あっ、いやっ、その……。とりあえず、か、帰ろうか……」
「ラハと一緒に、帰る。嬉しい。クルルさん、ごめんね? ありがとう。ポニーテール似合ってるよ。今度お詫びに、プディング食べようね」
「ありがとう、フィルくん。お大事にね」
 ばいばい、を何度も繰り返しながら手を振る彼は、大きな子どもにしか見えなかった。

 素顔の英雄は、あんなにも可愛らしい。
 難しい顔をして、皆を率いて前を向く。だけど内心は、きっと激動に揺れていたに違いない。呪いによって引き出された、英雄の本心。たまには私達にも少しだけ、心の内を教えてくれないかなと、クルルはそっと願うのだった。

◇  ◇  ◇

「外、寒かったね。お家、暖かい。おなかすいたから、今日は何を食べようか。……ねえ、僕、うるさいと思うから、離れてて良いよ」
「いやだ、あんたのおしゃべり全部聞きたい」
「我が儘言わないで。でも、そういうところも、可愛い。……もう、この、口!」
 苛立ったようにフィルが自分の口を自分でむしり取るように摘まんで、力任せに引っ張ろうとする。だいぶストレスが溜まっているようだった。眉間の皺がどんどん濃くなっていく。
「わかった。じゃああれだ、オレが質問し続けるから、それに答えるっていうのはどうだ? そしたら独り言じゃなくなるだろう?」
「よくわかんないけど、いいよ。……手を洗って、服を着替えて、ご飯を作る。今余ってる食材は……」
 ぶつぶつ呟きながら、フィルは夕食の支度を開始した。ご飯を作ることに専念し始めた彼は、グ・ラハが質問せずともその工程を素晴らしく饒舌に説明しながらこなしていく。普段の彼からは想像も付かない、丁寧に処理を施す過程を聞くことができてとても微笑ましかった。
「パンを切ります。パンは一気に切ろうとすると斜めになるので小刻みに、パン用のナイフでゆっくり二枚に半分こします。僕は力が強いので、そっと、そっと、ふわふわの赤ちゃんを撫でるみたいにそっと抑えて、ゆっくり、きこ、きこ……、ほら、できた。半分こ」
 何処で覚えたのか、無意識なのか、普段は使わない敬語を使うフィルがそこにはいた。もしかしたら、レストラン・ビスマルクの調理師が敬語で教えてくれたのかもしれない。
 穏やかで、聞き心地の良い声を聞きながらその光景をじっと見つめていると。見事にハンバーガーが完成した。
「付け合わせ、今日はなしでいい? ちょっと集中できないから、おしゃべりな僕、ごめんね」
「構わないさ。あんた特性のでっかいハンバーガーがあるだけで十分だ」
「ん。じゃあ、食べよう。おなか、ぺこぺこ」
 食卓に着いたあとも、フィルは自分で作ったのにもかかわらず美味しい美味しいと繰り返す。普段なら食べながらしゃべるのは行儀が悪いと指摘するのも、今日は呪いのせいなのでなしだ。
「美味しいな?」
「うん。ねえラハ、喋りながら食べるのは、んぐ、行儀悪いよ」
 グ・ラハを真似てフィルが指摘するのを、本人自身も行儀が悪いと自覚しているのだろう。「ごめん、この、口が、悪い」と子どものように拗ねるのを、「わかってるさ、食べ終わったらいっぱい話そう」とグ・ラハはあやした。

◇  ◇  ◇

「おねがいだから、口を塞いで欲しい」
 そんなお願いを、ラハは最初しか叶えてくれなかった。
「んっ、ふ……。気持ちいい……、やっ、口、離さないで」
「キスしながらしゃべり続けたら、舌噛むぞ」
「だって、おしゃべり止まらなっ、あっ……、そこ、気持ちいい……」
 ラフな恰好で過ごした今日は、そのままベッドに押し倒されればそれをはだけさせられることなど造作も無くて、捲り上げられた胸元は露わに、親指を引っかけたボトムは下着事中途半端に引き下げられていた。ラハも、装飾品などはすでにテーブルへと置き去りにして、身軽な恰好でフィルの身体に纏わり付いている。
 面倒なことに、おしゃべりな口はベッドの中でも止まらない。わかりきっていたことではあったが、フィルは内心『これは、困ったことになったぞ』と思った瞬間、同じ事を口にした。
「これは、困ったことになった」
「なんだ?」
「全部、つつぬけ。いつも僕が我慢してることも、全部、つつぬけ。困る、秘密にしてることもバレちゃう」
「我慢、させてたのか……?」
「え、いや、そうじゃなくて。ちょっと、ラハ、話終わってなっ」
「どれが良くて、どれがダメなのか、確認する」
 甘い雰囲気から、一気にぴりついた雰囲気になる。フィルの腹の上に馬乗りになったラハが覆い被さると、照明が影となって目の前がラハだけでいっぱいになった。ラハの顔は真剣そのもので、本当に自分が我慢してこの行為を受け入れていると思っている様子で、違う、そういう意味じゃないと何度繰り返しても、「大丈夫、オレがひとつずつ確認してやるから」と言ってきかない。
 頬にキス。目元にキス。肘を折って頭を包み込むようにして耳にキス。
 確認作業のキスは優しい。「気持ちいい」「くすぐったい」「ちゃんとしたキスしたい」と繰り返しても、ラハが口を塞いでくれることはなかった。
 首筋に到達したラハの口が、かぷり、とフィルの肉を食む。ぐにぐにと柔らかに弾力を味わうと、ちゅうう、と強く吸った。
「痕……、ついちゃう」
「いや?」
「いや、じゃない。でもすぐ消えちゃうから、ちょっと悲しい」
 光の加護を受けた英雄の身体は、軽微な傷ならすぐに治してしまう。ラハの身体に付けてとお願いされた痕は数日彼の身体に残るのに、ラハがくれた痕は本人の希望に反して治してしまうのだ。
「何度でも付けてやるさ。欲しかったら、言えば良かったのに」
「そうだね。なんで、言わなかったんだろうね」
 心に思い浮かんだことを、この呪いは口に出してしまう。だけど、自分ですらわかっていない心の内までを口にすることは出来ないないようだった。言葉が上手じゃない自分にとっては便利(だが割と厄介で、そしてだいぶ恥ずかしい)な呪いだと思ったのに、意外と欲しい部分を表現してくれないものだ。
「噛まれるのは、好き?」
「痛いのを、気持ちいいと思い始めるのは、ちょっと困る」
「つまり、好き?」
「痛くて、気持ちが良くて、困る」
 困る、と言っているのに、それを肯定と捉えたラハが後ろ首に鼻筋を差し込み、髪をより分け、うなじへと強い力で噛みついた。
「痛っ……、あっ、熱……。ラハの、噛んでるとこ、ろ、見てみたい。きっと、ん……、すごく綺麗な顔してる。んんっ……ちょっと、痛いって……ば、強くしないで。ゾクゾクしちゃ……」
 フィルのうなじを噛んで離さないラハの頭を探して撫でてやる。きっと、今、ラハは獲物を捕まえた肉食獣みたいな顔をしているに違いない。フィルはそれを、とても見たいと思った。自分という獲物に執着する赤き獣の、獰猛なその瞳が好きなのだ。
 頭を撫でられ、気を良くした美しい獣はフィルの身体をまさぐる。噛む力はそのままに、乳首を摘まみ、すでに起立している陰茎に手を這わすと、痛みと快感が繋がって、ようはフィルが言う『困った』状態になる。
「んぁ、……っ、もう、だめ、気持ちいっ……、痛いのと、気持ちいいの、全部、混ざっちゃう……って、もう……言わせないで、この、口っ」
 余計なことを言う口が恨めしい。気持ちが良いのと痛いのを混ぜるのは危険なのである。そうでなくとも最近その境界が怪しくなっていて、苦しさも、痛さも、ラハのせいで別の色に塗り変えられていく。
 ふーっ、ふーっ、とラハの鼻息が首筋にかかる。じわ、とラハの唾液が滴り、フィルの肌に生ぬるい雫が垂れていった。かなり痛みを伴う程度の力で囓られているというのに、どこかそれも鈍く、性感を高める巧みな手技で誤魔化されていく。
 くり、くり、と先端だけ撫で回されて、芽が出たところできゅっと絞られる。それは乳首も陰茎も弄る指先は同様の動きを見せ、次第にシンクロしていく。
「痛いのと、気持ちいいの……混ぜない、でっ……! だめ、だっ……て、んっ……。ラハにされること、全部、気持ちよくて、怖いっ……」
 せっかく抱かれることに慣れ始めた所なのに、ラハはそれ以上のことを教えてくるから怖い。それとも、大人ならば、恋人同士ならば、こういうことは『普通』の類いの物なのだろうか。いや、絶対違う……と、言い切れないフィルは、咄嗟に(サンクレッドにこっそり聞こう)と思ったのを、ついつい口に出してしまう。
「ラハがすること……、普通、かどうか、サンクレッドに聞い……」
「ダメだ、それは、ダメ」
「なんで……、ちょっ、ラハ、激しっ」
「サンクレッドに聞くのは無し、だし、そもそもベッドの上で他の男の名前を口に出すのは、いいことじゃない。……これは、教えてなかったな」
「この口が……、んあっ、勝手に、しゃべっ……、らは、もう出ちゃう、イっちゃ……」
 噛んでいた痕を、今度は慈しむように舐め回す舌が熱い。性急に責め立てる指先が、先走りを纏ってぐしゅぐしゅ鳴り始めたのを、どこか遠くの意識で聞いていた。不意に、ラハが自分の表情を伺うように覗き込んだ後、目元だけでふっと笑うとフィルの耳元へと顔を沈めた。
「イけよ……、イって。どんな風に、気持ちいいのか、教えて」
「あっ……、く、イく……、どんな……って、わかんなっ、気持ち、いっ……! 出るっ、出てるっ、頭、ぐちゃぐちゃっ」
 セックスがどんな風に気持ちが良いのかなど、到底フィルの語彙力で説明できるはずがないのだ。気持ちが良くて、ぐちゃぐちゃになる。射精する瞬間はいつだって、急激に押し上げられて、唐突に落とされる。びゅく、びゅく、と間欠的に吹き出す精液を搾り取るように根元から先端へと執拗に扱くラハの手淫は止まらない。精液も、そして言葉も、同時に紡ぎ出そうとするラハの肩を震える手で弱々しく押しても引いてくれるはずもなく、それはフィルもわかっていた。
 本気で、嫌なわけではない。それをラハも理解していて快楽を与える手を緩めることはせず、些細な恋人の抵抗を、ただの指標としている。抵抗は、気持ちが良いという証拠なのである。
 拘束もされず、この化け物のような身体が人を払いのけることなど本当は造作も無いのだ。そうしないのはつまり、『そういうこと』である。
「あっ……、くっ、もう、出なっ……、から、おかしく、なっ……る、らはっ」
「いつもと、言ってることあんまり変わらないな。ん……、可愛い顔になった」
 ようやく刺激が止まり、はふぅと吐き出せなかった溜息を深くつく。ラハはよく、可愛いと自分のことを称す。可愛い、はずがない。無表情、何を考えているのかわからない顔、などと称される自分が、そう表現されるのはむず痒くて、しかしラハが言うなら、本当に可愛い顔に変化しているのではないかと錯覚しそうになる。
「可愛くないのに、実は可愛くなったのかもって思いそうになる」
「初めて会った頃より、だいぶ可愛くなったと思うけどな?」
「えっ、……本当に?」
 初めて会った頃、つまりクリスタルタワーでのあの一件の話である。実のところ、フィルはあの頃の冒険の記憶をあまり覚えてはいなかった。グ・ラハ・ティアという、何故か自分にやたらとつきまとう青年と出会った、という記憶しかない。それでも、水晶公もラハも、それを悪いとも失礼だとも責めることなく受け入れてくれているのである。
「僕は、どんな人だった?」
 自分のことですら、フィルの中では曖昧だ。記憶力の優れた、恋人に聞くのが一番正しい答えを導き出せそうな気がした。
「そうだな……、うん、その話は終わった後にしようか」
「あ……、えと、そう、だったね。ラハの、大きくなってる? わあ、硬くて熱い……、んっ、そういうの、言わなくていいのに言っちゃう……」
 自分の精液でぐちゃぐちゃの指先を、ラハは尻の奥へと滑らせる。硬くて熱いラハのそれを、入りたいよと知らしめるようにフィルの太腿を滑らせて、はやく、はやく、と挿入を真似た仕草を繰り返す。
「これを、どうしてほしい?」
 普段、そういういやらしいことを言わせるようなことをしないラハが、今日という今日はすこし悪戯めいて呪いにかかった僕に問いかける。今のフィルは、何を取り繕うこともしない、本音しか口に出すことが出来ないからだ。
「ラハので……、いっぱいにしてほしい、すごいこと言っちゃうかもしれない、恥ずかしい、だけど……僕も知りたい。どんなこと思ってラハに抱かれてるのか、きっと……思い出したら死にたくなるようなこと言っちゃうかもしれないけど」
 けど、だけど……、と否定の言葉を織り交ぜて、それでも『やめる』という選択肢はフィルの中にはなかった。

◇  ◇  ◇

 自分のことがわからないから、どんなことを思っているのか知りたい。

 そう言ったフィルの言葉を叶えてやりたいと思ったグ・ラハは、衝動的に抱きたいという気持ちを必死に抑えていつになくゆっくりとフィルの中を押し開く。
「入る……、とき、ちょっと苦しい……、けど、ラハの形を覚えるのが……嬉しい、んっ、ちょっと、今大きくしたでしょ」
「いや……、その、なかなか破壊力が……」
「何の話?」
 あんたの、その愛の告白みたいな話だよ、とは言わない。というか、それどころではない。いつも無口な恋人が、べらべらと愛の言葉を紡いでいくのである。何を考えているのか、てんでわからない彼の頭の中は思った以上にグ・ラハへの愛で埋め尽くされていた。
「ラハ……、んっ……、今日、いつもより太い? ラハで、いっぱいになっちゃう……はっ、ん……苦し……、くて、頭ふわふわする、気持ちいい……好き」
「気持ちが良いの、好きか?」
 その返答を待たずして、フィルのふさふさな白い尻尾がたしたしとシーツを叩く。
「好き……、けど、ラハの方が好き」
 表情は前髪に隠れて良く見えない。
 後背位だと、喋りづらそうだし、正常位で見られながらしゃべるのは恥ずかしいという。その結果、横向きにしたフィルの片足を担いで、露わになった秘部へと腰を進めているのである。あまりこういう体勢を取ったことがないので、なんだか新鮮だ。逆を言えば、そういう新鮮なスパイスにフィルの可愛い発言が相まって、なんというか、我慢をするのがやっとである。
「いつもと角度が違うから、痛かったら言えよ。まあ、勝手に口から出ちゃうんだろうけど」
「痛くない、けど、なんかちょっと……、当たる場所が違っ……て、どうしたらいいのかわかんなっ……、あ、そこ、当たっ……!」
 ああ、ここなんだなというのが今日はすぐにわかってしまう。グ・ラハは、浅い部分をいつもより優しく小刻みに突いてやることにした。大きく動きたいのを必死に堪えて、それでも、彼の本音を聞き出すことが出来るこの貴重な機会を逃す訳にはいかない。
 激しいのが好きなのか、それとも彼が言う優しい逢瀬が好きなのか。身体に聞こうとしたところで、彼の中は狭く蕩けるようで、それに加えものすごい筋力で締め付けてくるから、穿つ間は気持ちが良すぎて結局どれが『いい』のか良くわからない。グ・ラハ自身は、はっきり言って全部良い。気持ちが良すぎるから、一番良い恋人の愛し方を探りかねていた。
 とん、とん、とん。
 赤い前髪が小さく波打つ程度の振動で腰を振る。
 入り口近くは相当の締め付けで、グ・ラハの一番太い部分を咥えた状態の孔ががっちりと嵌り密着していた。抜き差しすると言うよりも、ただ身体全体を揺らして振動を与えているだけ。亀頭は的確に中のしこりをぐりぐりと刺激して、突くたび中がきゅっきゅと締まる。
「あっ、あっ……、そ、れなんか……、んっ……」
「なんだ? 良くないのか?」
 そもそも、フィルは後ろだけで達することは未だに不慣れである。酒に酔ったり、そういう類いの錬金薬を使ったり、あるいは精神的に高揚している時など、条件が合えば達することは出来るが、身体の負担を考えれば陰茎や乳頭を刺激してやる方が彼は楽に達することが出来る。
 だからといって、激しいのが好きかというとそうでもない様子なので、ただ恥ずかしがっているだけなのか、本心は何処にあるのか、今日は徹底的に聞くことにする。
「いい……、よ、んっ、優しくて、でもちょっと……切ない」
「どこが……?」
「ん……、えっと、ここ、なんて言うの」
 伸びた指先が、グ・ラハの手を掴んでフィルの腹へと誘う。ここ、と押し当てられた下腹部。
「お腹の、ここがね、きゅうって、なる……、んっ、あっ……、でも、それも優しくて、好き、けど切ない」
 それは、もっと深く奥を突いてくれ、と言っているのと同義だった。というか、グ・ラハはそう解釈した。一度達しているせいか、いつもの拙さに拍車がかかって、危うい雰囲気の声音が甘い。いつもは多くを語らない彼がおしゃべりになると、どうも可愛さが溢れ出てぐしゃぐしゃに頭を掻き撫でて、どれだけ愛おしいと思っているのか、彼にわからせたくなる。
「それは、ここに欲しいと……、そう思っていいんだ、なっ?」
 ぐんっ、と浅いところを突破して更に奥の行き止まりへと押し進む。フィルの下腹部に重ねた手をぐっと押し、筋肉質な太腿を肩に抱え、今度は行き止まりをとん、とん、とん。
 フィルの背がしなる。声にならない吐息が、押し出されるようにして漏れた。内腔は絶えず蠢いて、もっと深く味わいたいと思う気持ちを必死に堪える。くそっ、早く動きたい、けど、我慢……。そう思いながら、ふと、この心の声すらもダダ漏れになったらそれこそまずいなとグ・ラハは思いついた。フィルは素直で、嘘偽りがなくて、そして言葉が不器用だ。だから、本音が漏れても何も問題は無い。
 だが自分はどうだ? こうしたい、ああしたい、もっともっと愛したい、可愛い、食べてしまいたい……。そんな本音が漏れたらはっきり言ってだいぶ引かれる自信があった。
「あっ、あっ、奥、届いてるっ……、ラハの、で、中、とんとん……、苦し、けど、もっと……」
「もっと、なんだ?」
「もっと、いつもみたいに、して。それが、一番、きもちい……、から」
 グ・ラハの、思うように動く愛し方が一番いい。一番、と言った言葉は呪いのおかげで導き出された本音。いつもはきつい、とか、辛い、とか、怖いとか言うくせに、一番、だなんていわれたら、グ・ラハの若い雄はいとも簡単に爆発してしまう。
 横になった身体が揺れるほど、深く深く穿つ。体勢を崩したフィルが強くたぐり寄せた生成り色のシーツに、放射状に皺が出来る。肌と肌がぶつかる音の合間、「あぐっ」「あうっ」と言葉にならない声を発するフィルの喘ぎの途中、舌足らずな言葉を発っしようとしては舌を噛みそうになっているのか言葉をつぐむ。
 自分だって、もう普通に限界である。
「フィル、ほら、こう……、だろっ?」
「んっ、んぐっ……、いつも、のっ……、ラハに、喰われるみたいなのっ、好きっ……、あっ、おなかでイくっ、中でイッ――!」
「フィルッ、あっ、もうっ、出るっ――!」
 グ・ラハは持ち上げた脚に縋るようにして、起こした身体でフィルの身体を深く穿つ。眼下に揺れる長くて美しいフィルの陰茎から、びゅくびゅくと精液が漏れ出ているのを見ながら、彼の深い場所で達する。いつもは自分の身体で隠れて見えないフィルの陰茎や陰嚢が明け透けで、それが不規則に跳ねる度、可愛い、可愛い、オレだけの……、と独占欲でいっぱいになった。
 ようやく、高まりから降りてきて、はぁと深く息を吐くと、フィルも正気に戻ってきたのか、小さな声で何かを呟いている。
「どうした?」
「ん……、いっぱい、ラハのでいっぱい……、気持ちいい……、ふわふわする……、あ、だめ、揺すられたらまたイっちゃ……いや、違う、してっていう意味じゃなくて、でもずっとイってるのも苦しくて気持ちよくて……、いや、そうじゃない、そんなこと言ったらまた明日の朝、すごい声になっちゃ」
 フィルは、呪いのせいでおしゃべりな口を両手で塞いだがすでに時遅く、グ・ラハはもうスイッチが入りかけていた。
「それは、したいってこと?」
 グ・ラハはズバリ聞いた。いつもフィルは自分に付き合ってやっている、というようなニュアンスで明言を避けるからだ。
 ちらり、とフィルが口を塞ぎながら見上げる。そして、ふわっと花が開くように指先を広げ、そのままグ・ラハの身体を引き寄せるように腕を伸ばした。
「ラハのすることは、全部好きだよ」
「くっそ……、あんたには、本当に敵わないよ」

 オレの英雄は、呪いがかかっていようとかかっていなかろうと、いつもの愛らしい彼であることに変わりは無かった。