'23/2/12発行「賢者オスッテBLアンソロ」に寄稿します

気狂い水と猫

novelラハ光♂(リバ)

 

Thanks!! for @ff14husu

 今日もそろそろ迎えに来る頃か。
 時計は間もなく日暮れを指しており、グ・ラハはバルデシオン分館のホールで後片付けを始める。暁が解散してからというもの、フィルはさも当然のようにシャーレアンに拠点を移した。グ・ラハに相談する暇も無く契約してきたというアパルトメントは、グリーナー達が多く利用する借家だと言う。家具が備え付けられており、借家の割にはしっかりとした石造りの建物だった。フィルはきっと、一目でここが気に入ったのだろう。室内に入ってグ・ラハはすぐにわかった。レヴナンツトールの、二人で過ごしたあの家に良く似ている。
 おはようとおやすみを、以前のように毎日言い合う日々。終末を退け、英雄という肩の荷が下りたフィルは、なんだか今まで見た中で一番身軽そうに見えた。最近は、様々な場所のファストフードを買ってきてはグ・ラハへ餌付けすることにハマっている。そのため夕飯はファストフードになりがちで、逆に栄養を気遣って朝食は少し重めにしてやっている。そうでもしないと、若い身体はすぐに燃料不足になってしまう。自分も、彼も、まだまだ身体は若いのだ。
 資料を片付け終わっても、待てど暮らせど一向にフィルはホールにやってこない。今日は遠出をするとか言っていただろうか。朝の光景を思い出してみたものの、普通通りに見送った後ろ姿しか覚えていない。ホールからエントランスへと足を踏み入れ、玄関の外に目を向ければもう日がとっぷり暮れていた。遅すぎる。あの人が、戦いでしくじることは、なかなか無い。ともすれば、誰かに捕まっているか、それとも時間を忘れて何かに没頭しているか。
 そっと耳元に手を添えて「フィル?」とリンクパールで呼びかけてみる。すると僅かに反応があった。ザザザッ。ノイズ音に混じる小さな声。
「た……けて……、あつ……ぃ」
 助けて、と言った様な気がする。熱い、いや、暑い? 嫌な予感が走り、キィンと小さく耳鳴りがした。落ち着け、大丈夫だ、あの人が危機に陥ることなど、滅多に無いはずだ。
 死にかけの、いや、一度鼓動は止まっていたのかもしれない。あの時、転移装置で戻ってきたフィルの姿がフラッシュバックする。息を、していなかった。青白い顔が更に青くなって、透き通って消えて無くなりそうだった。
「どこに、いるんだ」
「いえ……
「家……?」
「早く、帰ってき」
 ブツッ。
 通信は突然途絶えてしまった。
 家にいるフィルが、何故かはよくわからないが助けを求めている。帰らないと。扉をバンッと開け放ち、寒さで冷えた土の大地を駆け抜けた。石畳を抜け、いつもの帰り道を全速力で走る。気が急いているせいか、息が切れる。階段を上がり、家の鍵を開けようと鍵穴に差し込んだが、空振りした。鍵が、掛かっていない。
 乱暴に戸を開け狭い部屋の中を覗いた瞬間、事態をようやく把握したグ・ラハは、大きく息を吐いた。いや、ため息をついた。
 革張りのシックなソファに、溶けた白毛の猫が落ちている。
 白い頬に朱が混じり、目元はとろりとこぼれ落ちそうだ。
 そして、僅かに香るこれは、アルコールの香り。
「あんた、酒飲めないんじゃ無かったのか」
「アルフィノの、お母さんが……
「ああ、なるほど。家に招かれたのか」
「たまたま、ラヴィリンソス帰りに、会って……
 ひとつずつ、区切りながら説明を試みるフィルが吐いた息は熱い。以前、報酬にもらったという酒を二人で飲んだ時、えらい目に遭ったのは記憶に新しい。きっと、優しい彼のことだから、アルフィノの母君が用意してくれた帰還の祝い酒を断り切れなかったのだろう。徹底的に他者との深い関わりを避け戦うことでしか生を実感できなかった彼は、大人びた見た目に反して社会性に乏しい。よく言えばミステリアス、良く知らぬ人から見れば無愛想に見えるだろう。
 だから彼は当然酒くらい飲めると、飲めなければ断るくらいの気概を持ち得ているだろうと、そう、勘違いさせるのだ。
「どのくらい飲んだんだ」

 今にもソファーから溶け落ちそうな身体を膝に抱き、上体を起こし支えてやる。持ち上げた身体はしな垂れて、今なら自分の意のままに扱える『ふにゃふにゃ』になった恋人の身体はいつもより緊張がほぐれ柔らかさを感じた。
 ああ、もう、随分と仕上がってるじゃないか。……美味しそう。
「どの、くらい」
 うーん、と回らぬ頭で一応考える素振りをしたフィルが顎に自分の指を添える。膝に抱き上から覗いた顔には白い前髪と白い睫が交差して、その隙間から見える頬の赤みが際立っていた。
……わからない。熱い。ねえ、熱いよ、ラハ」
 自分の胸元に伸ばしてきた手が、ぎゅう、としがみつくようにして布をたぐり寄せる。そっと、その手の甲を覆うように掴んだ。それは、いつもの冷ややかな彼の指先とは思えぬほど、とても熱かった。助けて欲しいと掴んだ指先の必死さが、可愛くて可愛くて仕方が無い。
 どうする。というか、助けてと言って、どうして欲しいのか。
 こういう時はまず、水を飲ませて、服を脱がせ、て……
 水を飲ませるのは、いい。問題はこのとろとろの状態のフィルの服を脱がせて自制できる自信が、あまりない。が、今そんなことを言っている場合では無いのも事実だ。
「持ち上げるけど、暴れんなよ」
「ん、」
 横抱きのままソファーから寝台へと運び、ゆっくりとまるで壊れ物を扱うように置いてやる。されるがままの恋人は、寝台に寝そべったままこちらをぼんやりと仰ぎ見ていた。そんな目で見つめないで欲しい。すでに崩壊しかかっている理性という壁に、更なる亀裂が入ってしまう。
水を、取ってこないと。寝台の横から立ち去ろうとしたその時、びんっと尻尾が掴まれた。
「ちょっと、フィル」
「どこいくの」
「水。水取ってくるだけだから」
「本当に?」
「本当だから。その窮屈そうな服、脱いで待ってな」
「んー……
 かなり強い力で握り込まれていた尻尾から手が離れ、かちゃかちゃと音を立てながらベルトを解き放とうと試行錯誤しているフィルを確認し、キッチンへと向かう。硝子製のコップは落として割ってしまいそうだから、木製のカップを選んだ。それに水を汲んで、寝台へと戻ると、そこには半端に胸元だけ服をはだけさせた姿のフィルが転がっていた。
 首筋からしなやかな胸筋にかけて、黒を基調としたいつもの戦闘服が白い肌を際立たせている。このベルトだらけの服を、フィルはやけに気に入っていた。適度に筋肉が締め付けられて、動きやすいそうだ。動きやすいか、そうでないか。フィルの衣類に関する判断基準はその一点だけに集約される。
「脱げない」
 そうだろうよ。見ればわかる。頭だけを起こすように後頭部を支え、カップの縁を口持ちに当ててやる。コクン、と上手く飲み込んだように見えたそれを、フィルは見事に誤嚥しむせ込んだ。ゲホゲホッ、と吐き出したそれで、胸元が濡れる。
「ああもう、世話の焼ける奴だな」
 そう悪態をついたはずの自分の声が妙に嬉しそうな声になってしまったのは、とりあえず無視することにした。
 少量の水を含み、フィルの顎先を上向かせる。吐き出した水で濡れた唇を割るようにして口づけると、薄く開いた口元へ少しずつ水を流し入れる。飲んだら、入れて、飲み干したらまた水を含み、注いでやる。「ん、ん、」とため息のように漏れる恋人のそれを、意識しないようにするのは大変だった。
 カップに注いだ最後の水を飲ませ唇を離すと、次の餌を待っている雛のようにきょとんと見上げたフィルと目が合う。もう終わり? と見つめる瞳が潤んでいて、グ・ラハは理性が砕ける音を聞いた。
 濡れる唇に、今度は水を含まず欲望のまま舌を這わせる。酒で浮いた頭でも理解出来たのか、誘われるようにフィルもその動きに合わせてきた。いつもより、濡れた音が室内に響く。寝台に乗り上げ、ゆっくりと押し倒すようにしてその身体を仰向けると、キスの合間、嬉しそうに微笑むフィルの姿があった。
「なに、笑ってんだよ」
「やっと、キスしてくれたなと思って」
「醒めたのか」
「ん、ちょっとね。でも、たぶんまだ酔ってる。だって」
 すうっと伸びた指先が、グ・ラハの首筋から後頭部へと伸び、編み込んだ髪を思わせぶりに弄り始めた。
「ラハに、包み込まれるみたいに身を委ねたいなって、そうしたらすごく、気持ちがいいだろうなって。いつもは恥ずかしくて言えないことを、今日は言ってもいいんじゃ無いかなって。……酔ってるね、僕」
「ああ、本当に……。そんなこと言って、明日起きてから後悔しても知らないからな」
 フィルは、すぐにはそれに答えず思わせぶりに唇の横にキスをして、一言「抱いて」とそう言った。

◇  ◇  ◇

 アルコールという物は、こうも容易く理性の壁を壊す物かと怖くなる。ふわりふわりと浮いた感覚は、恐怖と言うよりも愉悦であった。
 怖いことが、怖くなくなってしまうことが、怖い。
 もうそれは、自分の意志ではどうすることも出来ず抗うことすら億劫で、ともすれば今までどれだけ自分の心を自分で抑圧していたのかと笑いたくなる。それは、心の中だけではなくどうやら表情に現われてしまっていたようで、「今日は良く笑うんだな」と頭上のラハが声を掛けてきた。
「お酒って、楽しいね」
「あんまり、癖になるようならオレが止める」
「なんで?」
 なんだか、心が解放されたような、素直に欲を求められるような、なんだかそんな許された気分になっているのに、ラハはそれをダメだと言う。自分で上手く脱ぐことが叶わなかった服のベルトをラハは丁寧にひとつずつ解き放ちながら、ぽつりぽつりと言葉を零していく。
「あんたはさ、そうやって、自分に葛藤しながら歩み寄ろうとしてくれてるところが、意地らしくていいんだよ」
 ラハは上着の中心部分のあわせを開くとそれを脱がすことなくそのままにして、今度は腰回りに指を這わせた。ひとつずつ確かめるように服と肌の境目をラハの指が行き来するごとに、ぞわぞわとした刺激が肌の上を駆けずり回る。
「アルコールでそうやって、たまに甘えてくれるのもいいけど、いつものあんたが、何の手助けも借りずに、いつか心の底から求めてくれたら、きっとずっと、嬉しいと思う」
 そう言いつつも愛撫の手を止めないラハが、腰の際から手を差し込んできた。すでにキスを施されたときから予兆があった股間に直接手を差し入れて、数本の指で形作るように根元から先端に向かってゆっくりと、知らしめるようにあがっていく。
「まあでも、これはこれで、悪い気はしないんだけど。ああ、もう、本当に美味しそうに仕上がってる」
「どういう、こと……?」
 酒で部分的に焼け落ちてしまった思考ではラハが言わんとしていることの全てを理解するのが難しく、それでも今求めてくれていると言うことだけはわかった。熱で湿った下着の中で、肝心な部分には触れようとしない指先がゆるゆると竿の中央を軽く扱いていく。はやくそれを解放して、難しいことなど考えられぬほどラハの欲にかき乱されたい。
 不意に、顔の横に手をついたラハが真上から見下ろしてくる。見られている。全部。下着の中で緩い愛撫を施すたびに赤い前髪が小さく揺れて、ラハの瞳と同じくキラキラと光っていた。そういえば、今日は部屋の明かりを消していない。いつもなら、全てが明け透けになってしまうのが恥ずかしくて有無も言わさず明かりを消すのに。今日はなんだか、そんなこともまあいいか、と億劫になる。これが酒の力なのだろうか、そうだとしたら恐ろしい。
 恐ろしいついでに、いつもはしないことをしたくなる。顔の横に添えられた腕に、頬を擦り付けた。すんっ、と匂いを嗅いでみたものの、嗅覚すらやられているのかさほど匂いを感じ取れなかったのがなんだか物足りず、味わうように舌先を手首の筋に這わせた。
 ああ、少ししょっぱい。塩の味がする。
「ラハの味だ」
 横目でラハの顔を見上げると、酒を飲んでいるのは自分だけのはずなのに、頬を赤らめる顔がそこにはあった。舌を這わすだけではだんだん物足りなくなり、顔を持ち上げ腕の中腹に甘噛みをする。自分の、ムーンキーパーが持つ歯では強く噛めば穴が開いてしまうから、ほんの遊び程度に牙を滑らせた。自分の顔を貫くほどに見下ろす視線が、熱のように降り注ぐ。ああ、ラハの、真摯で、それでいて欲しいものは全て手に入れたいという傲慢なその目が、好きだなと思う。
「ラハ」
「なに」
「好きだよ」
……っ、あんた、相当酔ってるな」
「酔ってても、好きじゃ無ければ好きって言わない。だから」
 いつまでたっても先に進まないラハに焦れて、股間をまさぐる指に自分の手を潜り込ませた。自分の先走りでぬめる指先を捕まえると、ぐいっと奥へ導く。
「ここに入れて欲しいって、言ったの、聞いてなかった?」
 今日は、こんなはしたないいこともスラスラと言えてしまう。お酒って、やっぱり便利だなとフィルはふわふわと浮いた感覚の中でとても感心した。
……聞いてた、聞いてたさ。なんだよ、今日のあんた……。頭が沸騰しそうだ」
 窮屈な服の中で、孔の入り口を指で触れるだけで離れていった指が、ようやく下半身の衣類を寛げていく。ズボンを剥ぎ取られ、下着も剥ぎ取られ、はだけた上半身はそのままに。
 持って、と促されたのは自分の足だった。片方の膝裏を、自分で持てと言われて普段の自分なら躊躇したであろうに、今は何の疑問も持たずに腕を下から通して支えた。汗で湿った膝裏はぬめって持ちづらく、それでも言いつけを守らなくてはと何度も抱え直した。
 今日は、直接的に性感を施される場所をまだ一度も触られていない。ラハの指先が、後孔の襞を確かめるようになぞっている。入るよ、いいんだね? と優しく諭されているようで、小さく喉を鳴らした。
 ゆっくり、本当にゆっくり、まるでわからせるようにぐるりと内壁を辿りながら侵入してくる指先がいやらしい。あんたが欲しがったのはこれだよと、この身に熱を教え込ませる指先。何度も何度も、指の腹で内腔を優しく押しながら引いていく。肝心な場所には、まだ触れて来ない。ああ、届きそうと思う度に引いていく指先が焦れったくて、つい、腰を捩った。くすっ、と笑われた様な気がして足元に居るラハに視線を送ると、「おねだりが上手になったね」と言いながら嬉しそうな瞳をする視線と目が合った。堪らず腰を捻っただけなのに、褒められたと錯覚した身体は容易に熱をくすぶらせ、引いた指が今度は圧迫感を纏ってまた侵入を開始する。指が、ぐちゅりと音を立てて増えていく。二本の指は中を広げるようにしながら入り込み、ぎゅう、と押してはすっと引いていく。
 たらり、と陰嚢から肛門にかけて冷ややかな液体が垂れていく。脚の隙間から、いつも逢瀬で使う小さな小瓶が見えた。それを指に絡ませながら入ったと思ったらまた引いて、更に圧迫感が増した。三本目。いつもよりも指が増やされる間隔が短くて、それでも受け入れている部分に痛みが感じないのはどういうわけか。
 ぐちゅ、ぐちゅ、と中で音を立てながら、三本の指が中を掻き混ぜていく。だんだんと深さを増していくそれが、ついに、あの場所を掠った。
「あっ、そ、こ」
 ほんの一瞬だったのに、望んだ物が望んだ場所に触れただけで、得も言われぬ快感が走った。刺激に跳ねた身体が体勢を崩す。あ、脚、持ってないと。もう一度膝裏を抱え込もうと深く抱き直そうとした瞬間、ラハは三本の指で摘まむように何度もそれを刺激し始めた。ずるん、と脚が腕をすり抜け落ちてしまう。
「脚の一本も、持っていられないの? 誰よりも強くてカッコイイ、オレの英雄なのに?」
 言いつけを守れない自分の代わりにぐいと胸へ押しつけるようにして片脚を持ち上げると、ラハは容赦なく中を責め立てた。どこをどうすれば、気持ちよくなるかをラハは知っている。それを、ずっと心の中で受け入れがたい部分が自分にはあって、今日はその小さな抵抗をアルコールが溶かしてしまった。
 声を出さずに堪えることを、気持ちがいいと素直に感じたことを、この身に留めておくことが出来ない。
「んっ……、アッ……、ラハッ、だめ、そこ」
「だめ、じゃないだろ? こんな、ぐずぐずに溶けてるのに。わかる? 中がうねって、欲しいって言ってるの」
「わかんなっ……、あ、あ、溶けるっ、頭、溶けるっ」
 いつもより、高らかに鼓動が跳ねる。ドクドクと駆け巡る血潮が、更に頭をおかしくさせているようだった。気持ちがいい、ただそれ一点だけしか考えられず、まだ不慣れな後ろだけを弄られて達するという深い絶頂が、もうすぐそこまで忍び寄っていた。
「フィル、ほら、上手だね、お尻だけで気持ちよくなれるようになって、本当に可愛い。ほら、気持ちいいだろ? ここ、ふっくらしてきた」
 今まで嫌だったはずのことを褒められ、可愛いと言われて、こんな無愛想な自分が可愛いはずが無いのに、ラハの言葉ひとつでそれが正しいと刷り込まれていく。可愛いね、上手だね、と称えられながら膨れ上がった快感は、深い絶頂をもたらした。
「ら、は、……もうイ……――‼」
 駆け抜ける快感に、全身の筋肉を硬直させ深い絶頂を受け入れる態勢を作ろうとした。ぐっと息を詰め、関節をくっと曲げて。だがアルコールで言うことの聞かない身体は、その堪え方が今ひとつ足りなかったようだ。ふわり、とベッドから身体が浮くような感覚に襲われ、強く閉じたはずの瞳はすでに漫然と天井を見上げていた。
「あっ、ん、ああっ……、なに、これ、おかしっ……、んっ、は、は、ああっ……、ああっ……‼」
 全身の筋肉が収縮と弛緩を繰り返す。震えが、止まらない。感覚的に浮いたと感じた身体は高められたり突き落とされたりを繰り返し、落ちるはずは無いのにこの場から落とされないようにと必死に枕を逆手にぎゅうと掴んだ。絶えず中のしこりを包み込むように数本の指で愛撫され、息を吐くと共に強く抉られを繰り返す。後ろだけで達した快感は、射精を伴う伴わないにかかわらず意識という意識が華やかに色づいて、そして突然暗転する。苦しいと、気持ちいいの丁度合間の波打ち際に揺らされて、この身体はラハの思うがままだ。
「ああ、すごいよフィル、どろどろだ」
 股の間に居る声の主に視線を向ければ、白濁で汚れた陰茎の先へ間近から視線を向けるラハの顔が見えた。鼻先が、ねばつく粘液にくっつきそうなほどの距離で、決して綺麗とは言いがたいそれを、そんなにまじまじと見ないで欲しいと願った瞬間、ラハの口がゆっくりと開きその口元へと先端が隠されてしまった。深紅の瞳が、こちらの様子を見ている。じゅるっと音を立てて空気と共に吸われ、それと同時に中を弄る指先がぐぐっと強く刺激する。もっと出せと、もっと欲しいと、貪欲な口は巧みに精液をねだり、その証拠にこちらの様子を確認する目元は笑っていた。
 すでに幾度と達して敏感になっている亀頭の割れ目に舌先を突っ込み、己の精液で粘つく竿を滑らかに扱かれる。もう、下腹部が焼け爛れそうなほど熱く、足の指先が痺れるほど気持ちが良くて、身体に力などもう入るわけが無い。
「ラハ……っ、きつ、い……あ、あ、やめ、もう、イきたくなっ……、んっ、んんっ」
 音を上げた自分の言葉を聞いて満足したのか、最後に強く強く根元を扱かれ、さあ出せと言わんばかりに吸われ勢いよく達した。ぎゅう、と強く瞑った瞼の裏がきらきらと白んで快楽の星々が乱反射している。ようやく刺激する手が止まり、ぜぇぜぇと荒い息をつく。ああ、やっと、形無きままに溶かされていた身体を徐々に取り戻したという感覚があり、すうっと目を見開くと、細めた目で笑うラハが、最後と言わんばかりにズズッと吸った音が響いた。
「ラハ、もう、わかったからやめ……
 ぴったりと、その形を愛おしむように口をすぼめながら上がっていくラハの頭。口元からようやく解放された陰茎は、あまりにも達しすぎたのか、半勃ちの状態でへなっと下にもたげた。体内を弄り回した指もようやく抜き取られていく。
 恐らく、その口の中に放たれた精液を含んだままのラハの顔が、力なく寝台に沈んだ自分の顔元へと近づいてきた。緩く膨らんだ、ラハのつややかな頬がしぼんだと思ったら、喉仏がゆっくりと上下した。
 ごくん。
 あ、この人、精液を、飲んだ。
 否定の言葉すら掛ける暇無くラハの体内へと吸収されていった自分の粘液は、美味しいはずなど絶対に無いのに、当の飲み込んだ本人は口元を濡らしながらにっこりと微笑んだ。
「一回、やってみたかったんだ」
「な、んで」
「あんたから、生み出されるものは何でも愛おしい。声も、視線も、精液だって。だから一回、飲んでみたかったんだ」
 乱暴にラハが手の甲で口元を拭う。先程まで雄の目でこの身を貫いていた視線は、少し恥ずかしそうに和らいでいる。ずるい。すぐそうやって可愛い顔をする。なんで飲んだんだと追求しようとしていた言葉はすでに引っ込んでしまって、叱る気にもなれない。
「美味しく、なかったでしょ」
「ああ、好んで飲みたい味では無かったな」
 随分とラハが楽しそうに笑うものだから、ついそれを共有したい気がして重たい腕でラハの頭を引き寄せた。生臭い、雄の欲情の香りがする。自分の精液がラハの口を穢し、あまつさえそれを飲み込んだという事実がなんだか面白くなかった。頭を寄せて口を寄せようとした時、僅かにラハが抵抗を示した。「嫌じゃないの?」と飲み込んだ張本人が言うものだからおかしくて、「きれいに、する」と言いながら舌をねじ込んだ。唾液と、唾液ではない粘液で粘つく口腔内を、自分の舌で拭っていく。困惑しつつも、乗せられるように動き出した舌先がようやく絡み合った。
 とても、美味しくない味のするキスだった。
 粘ついた舌先が、時間が経つ事にふたりの唾液で溶解されて、匂いも、味も、だんだんと薄くなっていく。今度、同じ事をしたらラハは嫌がるだろうか。あんたはそんなマネはしなくていい、とかなんとか言いそうだなと思った。
 乗り上げてきたラハの、まだ一糸乱れぬ服装のままの股間が太腿に擦り付けられる。ああ、やっと抱いてくれる気になったのかとぼんやり思った。すでに鼓動は爆発しそうなほど鳴り響いていて、長時間絶頂を極めさせられた身体は関節という関節が言うことを聞かない。
「ん、ん、ラハ……、気持ちいい」
「ああ、今日のあんたはどこもかしこも熟れていて、ふわふわだ」
「ふわふわ……?」
「そう、ふわふわ」
 髪の毛か、それとも尻尾の毛のことを言っているのかと思った。くるりと身体をうつ伏せるように反転させられ、いつもは腰を上げるように諭されるのに、今日はぺたりと突っ伏したまま。汗ばむ上着の中に手を差し入れ、背筋を辿るようなラハの手は熱い。どろどろの股間がシーツに押しつけられ不快なはずなのに、刺激を欲し疼く股間が押しつぶされて腰が揺らぎそうになる。
 息を紡ぐのがやっとで、突っ伏したままの顔を横向かせ大きくはぁと吐き出した。そうしている合間にも、背筋を撫で、筋肉と骨の凹凸を確認するラハの手は悪戯に踊る。掌全体で、時には指先だけで、確かめているのか、それとも煽っているのか。さすがに、羽先のように立てた爪で脇腹を撫で上げられると、くすぐったくて身を捩った。
「くすぐったい、から、それ」
「それだけ?」
 ラハは背中に覆い被さるようにして耳に顔を近づけてくると、ここは、じゃあここは、と吐息混じりの声をねじ込みながら、指は調べるように肌をまさぐってくる。くすぐったいだけだったはずの肌が、次第にぞわぞわとした快感が這いずり回るようになり始めると、もうそれしか感じ取れなくなってしまった。
「やっ……ちょっ、ラハ、それ、なんか変だからっ」
「変、じゃなくて、気持ちいい、だろ?」
 耳の、柔らかい内側に舌を入れてきたラハが、産毛を逆立てるように舐めてくる。それと同時に、尻の谷間に硬くて熱いものが前後していき、不意につん、と入り口を掠めては去って行く。今日は、きっとすんなりと侵入を許してしまいそうな予感があった。この身に渦巻いていたアルコールの気配は少しずつ薄らげども、ラハの愛撫によって高められた身体は甘美な毒を全身の至る所にまき散らしていく。今日は、いつもと違い性急に求めてこないラハを不思議がって、「ラハ、挿れないの?」と疑問を投げかけた。
「おねだりしてよ、フィル」
 自分を組み敷いているくせに、妙に甘えた声を出すラハの吐息がさざ波のように脳を支配していく。おねだりしたら、ラハは喜ぶのだろうか。じゃあ、言ってもいいか、と今日は簡単にそう結論づけた。おねだり、どうやってすればいいのwだろう。
「いれて、欲しい」
「どこに?」
 わかってるくせに、今日のラハは少し意地悪なことを言う。きっと、おねだりが足りなかったのだろう。フィルは必死に言葉を探したが、結局もっともらしい言葉は見つけることが出来なかった。言葉が、あまり上手じゃ無いのがこんなにも悔しいなんて。
 ああ、そうか、わかった。別に言葉じゃ無くてもいいのか。
 フィルは、そろりと自分の背に腕を回し、自分の精液やらラハの先走りやら潤滑剤やらで滑る尻を横に開くようにして、もう一度同じ言葉を口にした。
「ラハのを、ここに、いれて欲しい」
 背中にぴたりと寄り添っていたラハが、おねだりの様子を確認しようとしたのか上体を起こしていく。そっと、優しく自分の甲に手を重ね、「上手」と一言そう告げた。
褒められて、嬉しい。これが正解だと理解したフィルは、思いついた言葉をそのまま口にした。正常な判断が出来ない今だからこそ、こんな不埒な言葉も簡単に紡げてしまう。
「ラハので、いっぱいにして」
 あんなに怖いと思っていたのに、自分は満たされる事の心地よさを知ってしまった。頭も、身体も、溶けて無くなってしまうのではないかと思うほどの快感の渦に身を委ねると、ギリギリのところでラハが掬い上げてくれる。いっぱいにされて、訳もわからず言葉を口にして、それでもラハの命を傍で感じられれば、これでいいんだと肯定されている気になって安堵する。
「わかった、おねだり上手なのはわかったから……
 両の手で開き明け透けな状態の後孔に、熱い楔の切っ先が押し当てられる。自分の身体はぺたんとベッドに這いつくばるように弛緩していて、脚は伸ばしたまま。踏ん張ることも、身構えることもままならぬ身体を、ラハは上から押し広げるように突き刺していく。
「い、あ、あ……
「熱っついな……あんたのナカ」
 腹も胸もベッドに突っ伏しているから、浅い呼吸しか出来ない。言葉通りベッドに縫い付けられた身体。下腹部は甘く痺れ、覆い被さるように密着してきたラハの身体がのし掛かる。自分で孔を見せつけるように支えていた指先は、自然と何かに縋るようにシーツを掴んでいた。滑らかに侵入を許してしまった孔が喜んで、ラハの太いそれを甘噛みしているのがわかる。
 いっぱいで、苦しくて、そしてその先の快感を早く欲しいと思っている自分がいる。
 それなのに、ゆっくりと奥まで入り込んだラハの動きが、ぴたりと止まった。小さく浅い呼吸を繰り返している自分の息すら大きく聞こえるくらいの、静寂。不思議に思って、一度大きく息を吸った。そうすると、自分の内臓が位置を変え体内に埋められたラハの存在を再認識することができた。入ってる、だけど、衝撃はいつまで経っても訪れない。
……ラハ」
「うん?」
 どうしたの、と言わんばかりの涼しい声でラハが耳元で囁く。今日のラハは意地悪だ。きっと、いつもは言わないことを僕が言うんじゃないかと期待されているのだろう。
 いっぱいにしてと言ったから、ラハはいっぱいにしてくれた。だからその先も、自分で望めということか。
「ラハ?」
「うん」
……
 ほら、何も言ってくれないし、行為も先に進めようともしてくれない。
「おねだり、足りなかった?」
 くくっと小さく笑うラハの振動が、直接身体に響き渡る。そんな刺激ですらこの身体は上手に感じ取って、尾骨から尻尾に甘い電流が走った。
「ふっ、う……
「ああ、もう……。もうちょっと焦らしてやろうと思ったのに、そんなこと言われたらこっちが我慢できない」
 ゆさ、ゆさ、とラハは深く中に楔を埋めたまま、腰を揺すってくる。角度がいつもと違って、なんだか中を優しく撫でられているような感覚に襲われた。先程指でしつこいぐらいに愛された場所が、また同じくらい、いやそれ以上に感じられるようにと、丁寧に丁寧に押しつぶされていく。
「んっ、ふぁ……
「どこもかしこも、今日のフィルはふわふわだ。……すごく、気持ちいい」
 ふわふわを堪能するためか、羽交い締めするように腕を絡めてきたラハがぎゅうと抱きつき、うなじに鼻先を埋めながら緩い振動を与え続けてくる。何がふわふわなのか、よく理解出来ないまま快感に身を任せ、漏れ出す声を遠い意識の中で聞いていた。
「わかる? ここ、オレのこと、ふわふわ包み込んでるの」
 ここ、と言いながら、ラハのでいっぱいに広げられた襞をぐるりとなぞられる。ふわふわかどうかなんて、自分にはわからない。それをラハだってわかっているはずなのに、「ほら、ここ」と何度も撫でられると、刺激に悦んだ入り口が、ひくんひくんと収縮を繰り返しているのがわかる。ゆっくりと、でも着実に高みへと目指し始めた身体は、走り出したらもう止まることを知らないようだった。
「わかんな……、ラハ、ゆび、きもちいっ……
「オレも、すっげぇ気持ちいい」
 首筋にキスを施してきたラハの舌先が、まるで文字を書くように這っていく。律動の中、時折当たる歯が刺激となってびくんと背を強ばらせては、強く締め付けてしまった内腔に感じたラハが小さな呻き声を上げる。ラハの、耐えるような雄の声が耳元で紡がれると、それを生み出しているのは自分だという歓喜が広がっていく。
「ら、は……、もっ」
 激しさなどなく、ただただ中を揺すられているだけなのに、絶頂を極めそうになってそう伝えると、「イきたい?」と意地悪な声がまた後ろから聞こえた。イきたくない、はずがないじゃないか。こんな状態まで押し上げられて、もうどうしようも無く気持ちが良くて、果てを望むのはそれこそ自然だというのに、不思議な問いかけをされて黙っていると、不意に動きが止まった。
 急に刺激を与えられることを止められてしまった身体。だからといってブレーキはすぐには掛からない。頭は、刺激が続いているかのような錯覚を覚え、絶頂と無我の狭間に意識が追いやられていく。
「あ、あ、あぁ……
「フィル?」
 自分を呼ぶ声が、遠い。今日の自分はふわふわしているとしきりに言っていたラハの言葉通り、今自分の意識がどこにあるのかよくわからない。イってるのか、それともまだ刺激が足りないと思っているのか。ただどことなく切なくて、もっとラハを感じたい、そう願った身体がラハの楔をねだる。だからなのか、自然と言葉がぽつりと溢れ出た。
「もっと……、もっと欲しい」
 欲しいのが、刺激なのか、絶頂なのか、それともラハ本人なのか。言った自分すらわからずに、だけど相手に意図を伝えるには充分だったようだ。
 切なく震える内腔を抉るように、強く深く愛される。首筋を悪戯に這っていた舌先はしまい込まれ、代わりに鈍痛をもたらす刺激が走った。ああ噛まれてるなと思った瞬間、急に走り出した快感が相まって、溺れた人間が水面に浮上したときのような声を上げながら達する。絶頂を極め敏感になっている内腔を何度も何度も潰されて、ラハの噛む力は強さを増していく。
「あっ、あっ、ら、は……
 快感に支配されて尚、うわごとのように何度も愛しい人の名を呼ぶ。ラハは答えるかのように獣のうなり声のような音を出し、殊更に深く穿たれると熱いもので自分の中が満たされる感覚が広がった。じわじわとラハで満たされる自分の身体が、こんなにも嬉しい。次第に噛む力が弱まると、慰めるようにぺろりとひと舐めして離れていった。
「ごめん……、あまりにも、その、おねだりが可愛すぎて」
 恐らく首筋にくっきりとついたであろう痕を、ラハの指先が辿る。謝らなくていいのに、申し訳なさそうに降り注ぐラハのしおらしい声がなんだかくすぐったくて、フィルは温かな気持ちで満たされた。
「ラハ」
「うん」
「顔みたい」
 いいよ、と言ってゆっくり楔を抜かれると、こぽっ、と卑猥な音がして太腿に生暖かい雫が伝う。気だるい身体を腕で押し上げ、振り向きざまに見たラハの申し訳なさそうな顔に今度はフィルが微笑んだ。
「ねえ、どんな顔して唸ってたの? 見たい」
「は?」
 おいで、と緩やかに掲げた腕でラハを胸の中に誘い込むと、顔を覗き込むラハと目が合う。興奮からか潤んだ瞳が、おそらく先程までは獰猛な色で染まっていただろうに、それが見られなかったのがなんだか残念で仕方が無く思えた。
「今度は僕にも、見せて。ええと、違うな……
 ちゃんと、おねだりしないと。そう思って必死に言葉を探している自分をラハが不思議そうな目で見つめている。

「ラハが、僕を欲しがって仕方ない顔、見たい。……見せて?」
……おねだりが、過ぎる」
 はぁ、と溜息をついたラハが自分の額に手をやって、更に困っている様子を見たフィルは、また間違ったかなとしょんぼりした。
「だめだった?」
「だめじゃないけど、明日正気に戻っても苦情は受け付けないからな」
……つまり、良いってこと?」
「今日は随分とおしゃべりだな、あんた」
 たしかに。いつもより饒舌に回る自分の口を不思議に思っていると、コツンと額を合わせてきたラハが深紅の瞳をまるで見せつけるように見開いている。
「オレは、いつだってあんたのことが欲しくて欲しくて仕方ないよ」
 ああ、僕はその瞳が見たかった。燃える炎と見まごう情熱の赤に焼かれながら、僕は噛みつくようにキスをした。